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2010年05月07日

●サクラ大戦が好きだー!2


前日の続き。


*注意 時系列やらなんやら、とにかくうろ覚えで書いてます。


●サクラ大戦4製作決定 2001年 夏頃だった気がする

「DC最後の女王」……と見られてたサクラ3だったが、あっさり称号を返却。
3年以上かけて作ったエンジンやらノウハウがたった一作で棄却される事を勿体無いと感じただろう製作側と、あまりのクオリティにアンコールの叫びが絶えないファン達の間の利益が合致。
ハード終了間際に滑り込むようにサクラ4の製作が決まったのだ。
セガのあまりのファンサービスっぷりに、賛辞の声がつきないほどであった。
だが、それと同時に長らくサクラの制作総指揮をしていた入交さんが退陣を迎える旨を聞き、いささか不安になった。それは杞憂かと思いつつも、実はサブマリン特許ばりに地下深くから獲物を見据えた、壮大なトラップだったのだと数年後思ったりする。

●ドリームキャスト 1998年、年末に発売。2001年に生産中止決定……だった気がする。

と、まぁ。ここでドリキャスについてダラダラ語る。
ドリームキャストは負けハード会社として名高いセガが会社全体で特攻をしかけたトンデモハードである。
元々メガドラやらセガサターンは国内シェアで一歩譲ったものの、世界的にはさほどじゃなかったらしい。
むしろ好調?みたいな。
だがホームグラウンドたる日本ではセガといえば「他機種に譲る」というイメージが先行していた。そりゃあ挽回したいわな。

ある日新聞に見開きで「セガは負けたままなのか」というフレーズに、兵士達が戦場で倒れてる巨大広告が掲載された。
リアルタイムで見た僕にとっては「セガ……とうとうトチ狂ったか」と心配したもんだが、翌日の広告では「セガ、逆襲へ」という戦場から兵士が立ち上がってる広告にビックリしたもんだった。
インターネットにより情報の流通が盛んになった現在、意図的に商品のデメリットなどを流し安心感を得る広告は増えてるが、当事はまだまだ黎明期で、一度目にした情報媒体の真偽をさぐるのは困難だった。
だがセガはそんな時代に、大胆な自虐キャンペーンを開始したのだ。
テレビでは湯川専務が子供に「セガなんてダセーよな、家帰ってプレステやろうぜ」なんて叫ばれまくってるわけだ。
実はこれらって秋元康がやってたらしいんだよね。さすがです。
もう当事のゲームCMでは随一の関心を持たされるセガCM。そしてその勢いのまま発売されたのがドリキャスなのだ!なのだ!
だがいきなり不安感の残るスタートを切るのが我らがセガ。
無理に年末商戦に合わせたために、在庫が間に合わず、間に合ったら間に合ったで熱気は冷めるという……。
だがセガはそこで止まらなかったのだ。
よく理由はわからんのだが、セガは自社内にたくさん開発室持ってたんだが、それを全部分社化しブランド化してしまったのだ。つまり「セガ発売」でもその後に「ソニックチーム開発」とかロゴがつくようになった。
それぞれの分社により、制作モチベーションあげたかったのか、ギャランティなのか、税金対策なのかサッパリわからんが、なんとなくワクワクしたのを覚えている。
さらにセガはDCユーザーの未成年に対しプロバイダの無料提供をはじめたのだ。
ネットの黎明期にこれはありがたい限りで、夢中でDCでネットに繋げ、電話料金に泣いたものだった。
さらにさらに、セガはユーザーに対しブラウザソフトのバージョンアップ版を無料で送付するなんてこともやっていた。
今ではオンラインによるシステムバージョンアップがあたりまえであるが、当事はそんな事が出来ず、手間、暇、コストを考えずにここまでやる。
まさにDCはセガが社運をかけて体当たりし玉砕した”祭り”なのである!
長々とDCについて語っていたが、ここで言いたいのは「サクラは祭りに間に合わなかった」のだ。

DCというハードが死んでから花を咲かせた。しかも二度までも。
ある意味この空気の読めなさこそがサクラなのかもしれない。

●サクラ大戦活動写真 2001年冬。寒い日だった。

サクラ4に入る前に、このサクラムービーがある。
前述したがサクラTVは散々な出来だった。だがサクラTVはキャラデザやらのクオリティは一様に高く、藤島デザインをいい感じで簡略化されていた。
だがサクラムービーはどうだろう。なんか瞳がむやみにでっかく、少し不安になるイメージビジュアルが何枚か公開されたいた。
だが、ファンは浮かれていたのだ。
春にサクラ3の出来に満足し、夏にサクラ4が決定し、秋にはよくわからんグッズが発売され、冬には映画。金という金を絞りつくされたファンにはもはや喜びしかないのだ。
資本主義の悲しき現実がウンタラカンタラ。
とまぁ、それはどうでもいいんだが、とにかく浮かれてた。
年を越えた春には「最終章」と銘を打たれたサクラ4が控えており、映画版はその3と4の間の帝都を描いた作品だという。
なるほど、いいタイミングでいいストーリーを選んだもんだ、と当事の僕は思った。
なんせ映画なんて作ろうと思って1,2ヶ月でできるもんじゃない。DC撤退から4への制作の流れもわかろうもんです。
そして無事公開。
公開初日の2回目の上映に滑り込んだのを覚えている。
冒頭からハイクオリティ極まりない奇跡の鐘に感動した。
ラチェットという新キャラを迎えつつ、帝撃メンバーの奮闘がスクリーンに踊った。
だが、だがここでまたしてもファンは裏切られることになる。いい意味で……だ。
前回も書いたがサクラ2から続くマンネリがある。

>さらに1から続くマンネリにも拍車をかけ、「ゲーム開始→大神やってくる」「大神去る→ゲーム終わる」をファンに刷り込んだ作品でもある。

これだ。当事の情報やら、時世がら大神さんが登場するのはもちろん年明けに発売される「サクラ4」であるという固定観念がファンにはあったのだ。
だが、またしてもまたやってくれたぜ、あの男、大神さん!
巴里から直帰で駆けつけ、本妻達のピンチを華麗にレスキュー。
ファン視点的には……霊力を持つ乙女やら、観光名所に隠された秘密兵器よりも、この男一人送り込むだけで世界は救われる……と印象付けさせられる場面である。
この大神さん至上主義はサクラVの売り上げにも影響与えてると思うし、サクラV発売前に秋葉原で貼られたポスターを見た通り客の一言も示している。

「えー、大神さん出ないの」

さくらやエリカでなく、真っ先に大神さんの心配をするんだぜ、通り過ぎの客が。
大神さんというと、キャラ紹介的にもレギュラー的にはドンケツに近い順番だし、立ち絵のリフォームもほぼ無く、戦闘服の衣替えももちろんない。だが、サクラ大戦というゲームで一番すばらしいキャラは大神さんだと断言できる!
大神さんサイコー!

と色々脱線したが、結果的に映画版は最後の10分ぐらいで大神さん一色になってしまったのだ。
本来静かに見るべき映画館でも、大神さんの登場に観客の歓声が上がったのを僕は覚えている。
実はこの大神さん登場を制作側は意図的に隠していた。
実の所、パンフレットには大神さんのビジュアルが一切ないのだ。
キャスト一覧にも隅っこに隠れるように大神の名前がある。
ファンが公開前にパンフを購入し、隅々まで見ようと、見つけられるのはキャスト欄端っこにある大神さんの名前だけである。せいぜいEDのスタッフロールに合わせて、サクラ4に関するモノローグが入る程度だろうと勝手に解釈するぐらいだろう。
ある意味、サクラがオリジナルスタッフから離れても成功するんだ!と勘違いさせた一作である。
だがよくよく考えると、この映画って「サクラ大戦3.5」だよね、と後年気づくのであった。

またまた続く……。

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